テクニシャンです

頑張っていきます

フリーター

 積み上げられた本を盛大に倒壊させることで報酬を得る系のバイトの帰りに、電車に乗ることができた私は、スカスカの座席一つ一つに手を合わせていった。感謝を告げる相手すら失い途方に暮れた私は優先席に擬態している誰でも座ってokな車両の端の席でゆっくりと体育座りをする。席の下に放置されていた空き缶が電車が揺れるごとにニョキっと顔を出し、その空き缶の中にいる変な緑色の虫も挨拶をしてくるが、すぐにまた帰っていくその姿は、お店やってますかと聞いてくるくせに店内を舐めるように一瞥したらまた来ますと去ってゆく冷やかしにそっくりだ。

 隣に座ってきた人が言う。

「お婆さんこれから何すんの」

「感覚を大事にする。何かが終わってゆくという感覚だけがしている。そこにあったはずの言葉をもう見失っている」

 隣の人の顔が歪みはじめ、その顔はただ向かいの車窓に映る暗闇だけを凝視し、こめかみを起点にぼこぼこと浮かび上がるホースほどの太さの血管が顔中をぐるぐる巻きにし、鼻は天狗のように飛び出して、それは完全な球体に刺された一本の電波塔となった。

「私は全てを受信する。お前の心の中さえも。お前のことが俺には分かっている。震えているな」

「終末の香り、だがいつ始まっていた?生まれた瞬間の記憶を掘り起こすがいい。あなたがいた場所を想像してほしい。この宇宙が誕生したその時、全ては同時に終わり始めたのだ。」

 電車を降りると、それはもはや船だった。